過去に受けた辱めで印象に残っているものは何ですかという問いに対して,端的に説明することは意外と難しいように思う。身体が受けた苦痛であれば,あるいはその苦痛の度合いを数値化することもできるのかもしれない。ただ,それが心理的な辱めということになると,その基準は私の脳内で勝手に作られているものなので,どれが最も恥ずかしかった体験なのかを決める選考プロセスはどこまでも主観的で曖昧なものだ。

ある日,パートナーから不可解な指示を受けた。それは「次に会うときまで腋毛を剃るな」という単純な内容のものだった。もちろん,私も思春期のころから当たり前の様に腋毛の処理をしていたのだけど,それを敢えて剃らないということにそれ程の意味があるとは思えなかった。ともかく指示には従うことにしたのだが,習慣に逆らうということは想像したよりも神経質にさせられ,私は周囲の人間の視線を過剰に気にしながら毎日を過ごした。

彼と会うことが出来たのは指示を受けて二週間が経ったころだ。最初はひっそりと違和感を表明していた私の腋は,その時にはかなり強烈な主張をし始めていた。彼との交際はちょうど3ヶ月を経過した頃で,その時点でも多くのSM的経験をさせてもらっていた。私はほんの数ヶ月前までは受け入れることを忌避していた自身がマゾヒストであるという事実をはっきりと認めていた。ホテルへ向かう道すがら「今夜はサチコを紹介したい人がいるんだ。構わないね?」と穏やかな口調で伝えた。突然その事を聞かされた私の返答には多少の不安が滲んでいたのだろう。彼はすぐに「何も乱交をしようという訳ではないから安心なさい」と言葉を接いだ。私は腋毛を剃るなという指示の意図が気になっていただのだけど,安易に口に出すことで,彼の思惑を壊すことを懸念してあえて何も聞かなかった。

ホテルに入ってしばらく当たり障りのない会話をしていると彼の携帯が鳴った。何の根拠もなく,彼と同世代の40代の半ばの男性が現れると思っていたのだけど,そこへ現れたのは二十台後半ぐらい位の少々けばけばしい女だった。甘ったるいムスクの香りが鼻について私は少し不愉快になった。彼が私のことを「僕の大切なペットだよ」と冗談めかして紹介してくれたおかげで,私は不満たらしい表情を見せてしまう失態を犯さずに済んだ。女は私のことを品定めするように眺めながらぶっきらぼうに自己紹介をした。この女がこの場所に呼ばれている理由が判然としないので,ホテルの部屋という彼と私だけの私的空間に異物があることに不安を感じ始めていた。
彼は「さあショーの始まりだ」と朗朗とした調子で言った。

どうやらショーをお披露目するのは唐突に現れたこの女ではなく,彼のペットである私に与えられた役回りの様だった。ソファーに腰掛けたままお酒を飲みながら歓談している彼と素性の知れない女の前で,私は思いもよらない痴態を晒すはめになった。

彼は私に服を脱ぐように命じた。見知らぬ女の前で裸を見せることには当然の抵抗があったし,この夜の行く末も案じられていた。それでも彼の口調は有無を言わさないものであり,それより何より私にとってご主人様である彼の命令は絶対だった。ためらいながら下着姿になると,女が下品な声で「本当に脱いじゃうんだ」と囃し立てる。私はこの女の存在は気にしないでおこうと心に決めて,下着も脱いで彼の方を向いた。彼は満足そうに「それじゃあいつものように挨拶をしなさい」と私に命じた。それは彼と私の主従の関係で定められたルーティンだった。正座して床に触れるまで頭を下げて,努めて普段通りの調子を保って挨拶の言葉を述べた。そんな私に頭上から振り下ろされたのは,そのときの私にとって容易には受け入れらない言葉だった。

彼は隣に腰かけている女を指して「今夜はエミコ君もいるんだから。エミコ君にもちゃんとご挨拶なさい」と素っ気ない口調で言った。

私はうろたえて彼の方を見上げたのだけれど,彼はやや呆れたような表情をしており,断ることなんて許されそうにもないと私は感じた。屈辱感に包まれて頬が赤く赤く染まる。この見知らぬ下品な女になぜ二人だけの約束の言葉を与えないといけないのだろう。理屈では納得できていなかったのだけど,彼の意向に従うことしか選択肢はないので,私はとうとう観念して口を開いた。

「エミコ様,本日もサチコにご調教をよろしくお願い致します」

女は甲高い声で驚きの言葉を口にした後,再び下品な笑い声を上げた。二言三言,女は彼に話しかけていたが私にはよく聞き取れなかった。あるいは耳が女の声を遮断していた。

女は性的な関心ではなく,単なる好奇心の対象として私を見ており,愚にもつかない指示をいくつか出した。私は女の命令に従って,床を這い回って「ワン」と鳴き,腰を下ろしてつま先立ちになり「チンチン」を披露した。思考が定まらず理性が吹き飛んでいた。私は「チンチン」の姿勢で足を開いているとき股間が熱を帯びていることを自覚していた。女からの次の命令を待っている顔になっていたと事後に彼が教えてくれた。まったくその通りで,頭の悪そうな女の命令に従って痴態を晒して,それを大切なパートナーである彼に観察されている状況に昂っていた。

しばらくすると女は満足した様子で,再び彼と何かしら言葉を交わしホテルの部屋を後にした。

女がいなくなったあと,彼はこの夜の出来事の意図を次のように説明してくれた。
「サチコは痛みや苦痛を与えてもあまり響かないので,もっと辱めを与えることによってアンテナの精度を高められる気がしたんだ。部外者を呼んだのはその為のちょっとしたスパイスだよ」

「部外者」という言葉に心から安堵し,経験したことのない恥ずかしい思いをしたことで,たしかに彼への心酔がますます深まっていた。

手枷足枷も鞭も緊縛も伴わない,それでいて深い繋がりを感じられるSMを体感した。

チクチクと伸びていた腋毛はあまり奏功しなかった。
彼が言うにはもう少し恥じらうと思ったそうな。


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少し前にアップした10年前の思い出エントリーのその後のお話です。
残念ながら日常で何も起きていないので,過去の記憶をテキスト化するブログとなっております。
文中に登場する女性は,彼の大学院時代の好奇心旺盛な後輩ということでした。


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