相変わらず浮いた話と縁がなかった私は、とあるマッチングサイトを使って一人の男性と知り合う縁に恵まれた。彼は諸々の条件がそのすべてにおいて好ましく、都銀で13年間のキャリアを積んでおり、独身であるにも関わず、両親の支援のもと「建ててしまった」という一戸建ての家で生活しており、それに加えて「内野聖陽さん」を思わる爽やかで力強い眼の素敵な男性であった。ただ、これまでの恋愛遍歴のせいで恋愛悲観論者になってしまった私は、こんな魅力的な男性がどうして私なんかを相手にするのだろうと一抹の不安を覚えながら初めてのおデートへと赴いた。

彼は洗練された雰囲気をまとった紳士で、それとなく私をエスコートしてくれ、会話の端々でさりげなく私ごときの性格や外見を褒めそやしてくれた。私の方はすっかり舞い上がっており、お酒が少しばかり入っていたことも影響して、会話を進めることを放棄して彼の整った顔をまじまじと見つめてしまったりした。彼の瞳に、目の前でニヤニヤしているこの不気味な生物はどの様に映っていたのだろう。




マニアックな性癖とワガママな性格のおかげで、私の過去の恋愛はとても順風満帆とは言えたものではないものばかりだったのだけれど、結婚なんて決まる時にはこんなあっさり決まるのだろうかと、知り合ってから一週間にして、実際に顔を合わせたのは飲みにいったこの一回のみという時点で、自分には訪れることはないと覚悟していた幸せな結婚生活を夢想していた。まあ、モテない女というのは往々にしてこういう錯覚に陥りがちである。

ところで、これまで私は自身のマゾヒスティックな嗜好を満たすことにかなり重きをおいて報われない恋愛を繰り返してきた。今回知り合った彼が、そうした性癖を満たしてくれるお相手なのかどうかは全くもって不明だった。所詮、恋愛なんて脳内物質の揺らぎがもたらす錯覚でしかない。素敵な異性を目の当りにすれば、そんな錯覚は消し飛んでしまうのかなと一人で眠りつくとき考えた。薄っぺらい胸の奥の方がほんの少しチクチクと痛んだ。

二回目のデートは落ち着いた雰囲気のカフェで待ち合わせた。待ち合わせより少し早くお店に着いたのだけれど、店内に流れる「Ob-La-Di, Ob-La-Da」が形の見えないものに怯える私の背中を押してくれるような心持がした。

待ち合わせの時間ぴったりに現れた彼は、コーヒーを一口飲んで弾んでいた息を落ち着かせると私にこう告げた。

「僕はサチコさんと真剣に交際したいと思っています」

率直な宣言を終えたあと、細い目をクルクルさせている私を落ち着かせるように、「いい年をした大人が知り合ったばかりでこんな事を伝えるべきか迷ったのだけど、大人だからこそ曖昧な関係にはしたくないんです」と言葉を補った。

驚きと喜びが綯い交ぜになった状態で、私も良い関係を築きたいと考えている旨を伝えると、彼は喜劇役者のようにオーバーな仕草で胸をなで下ろして、カバンから取り出した一枚の紙切れをテーブルに置いた。

その紙切れには、「デートの際の交際費の双方の負担金額」「同居するに至った場合の家計の双方の負担金額」「双方が交際を取りやめる事が出来る諸条件」といった交際にまつわる取り決めの一覧が事細かに記載されていた。紙切れに目を通しながら、あからさまに驚いている表情を隠そうともしない私に気付いた彼は、満面の笑みで私にこう伝えた。

「お付き合いをする人には渡す様にママに言われてるんだ」


(第一部完)
…美味しすぎる話には、何かしらダメな理由がありますね。



今回利用してみたのはこちらのサイトになります。どうやら私は少々個性的な方と巡り合ってしまった模様なのですが、とても使い勝手の良いサイトですし、0円キャンペーンも実施中ということなのでご興味のある方はお試しいただければ幸いです。


過去にマッチングサイトを使ってサディスト男性と知り合ったエピソードはこちら